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水戸地方裁判所 昭和33年(行)4号 判決

原告 関町隆徳

被告 茨城県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、双方の申立および主張

原告訴訟代理人は、「被告が原告所有の別紙目録記載の土地につき買収期日を昭和三〇年三月三一日とし発行日の記載のない買収令書をもつてなした未墾地買収処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

(一)、別紙目録(一)および(二)記載の土地(以下本件土地という)は、いずれももと原告所有の山林であつた。(同(一)の土地はもと字上人塚三一五七番山林九反三畝二四歩の一筆の一部であつたが、後述の買収後字上人塚三一五七番の一畑五反三畝二八歩と字上人塚三一五七番の二畑二反八畝一歩及び三一五七番の三畑一反一畝二五歩とに分筆されたものである。)

(二)、ところが、被告は、昭和三〇年一月一〇日本件土地につきこれを未墾地として農地法第四八条第一項の買収計画を樹立公示し、所轄石岡市農業委員会にこれを通知した。同農業委員会は、同月一一日その旨を公示し、翌一二日から一〇日間右通知内容を記載した書類を縦覧に供し、かつ同日原告にその旨を通知した。続いて被告は同年三月一〇日同法第五〇条第一項により買収期日を同月三一日とする発行日の記載のない買収令書を作成し、同月中旬これを原告に交付して本件土地を買収した。

原告は、右買収に不服であるから、同年四月六日、農林大臣に対し、その取消を求めて訴願したが、右訴願は昭和三二年一二月二六日棄却された。(原告は昭和三三年一月二五日右裁決書の交付を受けた。)

(三)、しかしながら、右買収処分は次の瑕疵を帯びるから取消さるべきである。本件土地は、もと山林であつたが、原告は昭和二九年一二月一五日開墾に着手し、昭和三〇年一月八日頃開墾を完了し、その間昭和二九年一二月下旬から昭和三〇年一月八日頃までの間に栗苗約七〇〇本を本件土地の全面にわたり植栽して栗畑となし、その後同月一〇日土地台帳の地目を山林から畑に変換し、更に同年三月二八日登記簿上の地目を畑に変更登記した。すなわち本件土地は同年一月一〇日頃には既に畑となつていて同法第四四条第一項第一号にいう未墾地ではなかつた。したがつて前記買収処分はその対象を誤つた違法があるから取消さるべきである。

(四)、よつて被告に対し請求の趣旨掲記の買収処分の取消を求める。

と述べた。

被告訴訟代理人は、主文第一項と同旨の判決を求め、答弁として、

原告主張の請求原因(一)、および(二)、の各事実はいずれも認めるが、同(三)、の事実は争う。

そもそも、ある土地が農地法第四四条第一項第一号にいう未墾地として買収の対象となるか否かは、未墾地買収の特殊性ならびにこれに対処する買収手続規定の構成なかんづく同法第四九条が同法第四八条第一項の公示があつたときは一定期間当該土地の形質変更を制限している規定の趣旨に鑑みると、同法第四八条第一項の公示日を基準として判定すべきものと解されるところ、本件土地は同法第四八条第一項の公示日である昭和三〇年一月一〇日当時においては、その一部が荒起しの程度に開墾されていたに過ぎず、とうてい既墾地とは認め難いものであつた。したがつて、被告が本件土地を未墾地として買収したことについて、その対象を誤認したという違法はない。

と述べた。

二、証拠関係〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因(一)および(二)の各事実は当事者間に争いがない。

二、そこで本件買収処分には、その対象を誤認した違法があるか否かについて判断する。

(一)  まず被告はいわゆる未墾地買収において当該土地が農地法第四四条第一項第一号にいう未墾地として買収の対象となるか否かは同法第四八条第一項の公示日における現況を基準として判定すべきものと主張するからこの点について考えてみる。

取消訴訟においては、本来行政処分の適否は処分時における法律ならびに事実状態に照らして判断すべきものであるが、法的には一箇の行為とされながら一連の諸手続によつて行われ最終処分によつてはじめて効果を完成するような場合には、手続の開始から最終処分の完結までに相当の時間を必要とするため、その間に法律状態ならびに事実状態の変動することあるを免れ難い。されば、かような場合には等しく処分時といつても処分完結までの何時の時点におけるそれを基準とすべきかの問題を生ずるが、このことは法の趣旨が奈辺にあるか手続構成に関する規定等から探究して決定するほかはない。ところで、いわゆる未墾地買収は、開発して農地とすることが適当な土地であつてこれを農業のために利用することが国土資源の利用に関する綜合的見地から適当であると認められる場合に、農地法第四六条から第五四条までの規定に従い行われるものであるが、以上の諸規定の構造、その趣旨なかんづく同法第四九条が同法第四八条第一項の規定による公示があつたときは、その公示の日から起算して三ケ月を経過しない期間は右公示にかかる土地の形質を変更し、またはその公示にかかる立木若しくは工作物を収去し若しくは損壊してはならない旨土地の形質等の変更を制限し、更に同法第九三条が第四九条の規定の違反者に対し六ケ月以下の懲役または五、〇〇〇円以下の罰金をもつて臨み、第四九条違反の事実状態が現出することを禁あつしようとする態度に鑑みると、法は第四八条第一項の公示日という時点における当該土地の現況を基点として未墾地買収手続を展開する趣旨であることが窺知できる。

そうすると、農地法第四四条第一項第一号にいわゆる未墾地であるか否かは同法第四八条第一項の公示の日(都道府県知事が買収区域および買収土地の利用予定の概要を定めこれを公示した日)における現況を基準として判定すべきものと解するのが相当である。

(二)  そこで進んで本件土地が農地法第四八条第一項の公示日である昭和三〇年一月一〇日当時において果して同法第四四条第一項第一号にいう未墾地であつたか否かについて判断する。

いわゆる未墾地については、法は積極的にこれを規定するところがなけれども、未墾地とはいまだ農耕地として利用されていないがこれを開発して農地とすることが適当な土地と解すべきである。そしてその現状はあるときは山林でありまた原野であり、場合により水面であつたり、既にある程度人為的に自然的形質に変更が企てられている場合もあつて、その外観は多様であり、また反面農地すなわち耕作の目的に供されている土地でないからといつて直ちに未墾地と観念するわけにもゆかないから、要はその現況を客観的に判断して右の意味における未墾地であるか否かを判定するほかはない。

さて、本件現地の状況を撮影した写真であることについて当事者間に争いがなく、そして証人岡野甲四郎(二回)の証言により真正に成立したと認められる乙第四号証の一、二に同証人(二回)および同桐原正之の各証言を綜合すると、茨城県職員桐原正之が本件における農地法第四八条第一項の公示日である同年一月一〇日当時における本件土地の現況を撮影した写真であると認められる乙第一号証、証人小林正造の証言により真正に成立したと認める同第二号証に証人岡野甲四郎(一、二回)、同桐原正之および同小林正造の各証言ならびに本件弁論の全趣旨を綜合すると、被告から本件土地の買収適否について諮問を受けた茨城県開拓審議会が昭和三〇年一月七日頃調査委員を派して本件現地調査をなしたところ、原告は買収を免れるため立木の伐採を行い開墾を進めている事実が発見されたので、右調査委員らの間にかような状態では後で紛議を生ずることにもなり兼ねないから茨城県知事の買収計画公示の日における本件土地の現況を明確にして、資料を保存するのがよいとの意見が出たので同県職員桐原正之が右公示の日である同月一〇日右意見に基づいて本件土地の現況を写真に撮影したこと。原告の自墾はその後も進められたが右公示日である同月一〇日当時における進捗程度は、本件土地のうち三一五七番の一は生立していた松その他の雑木は殆んど伐採収去され地面は荒起しされていたが、ところどころ伐根が残つており、細土にされ整地されていたわけではなく原告が主張するような栗苗も植栽されていなかつたこと、三一五九番は全面にわたり生立していた松その他の雑木が伐採されたままで残り、牛を入れて伐倒木の搬出作業が続行中であり伐根が残つており、地面は殆んど荒起しもされておらず、また原告が主張するような栗苗は植栽されていなかつたこと、しかし原告は茨城県知事の前記買収計画が公示されたにもかかわらずなおも同日以後同月末にかけ盛んに本件土地に多数の人夫を入れて開墾作業を継続し栗苗の植栽を続行した事実が認められる。

ところで成立に争いのない甲第五号証(土地台帳謄本)によれば本件各土地の地目が昭和三〇年一月一〇日いずれも山林から畑に変換された旨の記載があり、また証人藤田一郎(一、二回)は、本件買収当時水戸地方法務局石岡出張所長をしていたが、同年一月一〇日原告から本件土地につき土地台帳の地目変換申告があり、至急現地検査を願いたい旨希望があつたので、同日直ちに本件現地に検査に赴いた。ところが既に生立していた雑木は伐採収去され伐根は残つておらず、全面整地を終つて小さい栗苗が植栽されていた。それで本件土地は開墾を完了した畑と認め右申告は事実に合致するものとして地目変換を認容した旨右認定に反する供述をする。しかし、成立に争のない乙第三号証(土地地目変換申告書)および水戸地方法務局石岡出張所保管の昭和三〇年土地地目変換申告書仮綴の検証の結果を綜合すると、土地地目変換申告書用紙の上部にはます目をもつて収受、照合、検算、検査、記入、地図訂正、校合および通知の各欄が設けられており、法務局において右各欄に相当する事務処理がなされたとき、これを明らかにするため担当者において押印をする取扱であり、右のうち「収受」は地目変換申告書が法務局に受理されたとき、「検査」は登記官吏が現地検査を必要としてその検査を実施したとき、「校合合」は土地台帳や公図を適正に修正したかどうかの調査を完了したとき決裁の意味においてなすものであるところ、原告が水戸地方法務局石岡出張所に提出した本件土地地目変換申告書(乙第三号証)の「収受」および「校合」欄にはそれぞれ藤田なる押印があるが、「検査」欄には藤田の押印はもとよりその他何人の押印も存しない事実が認められる。しかして右の事実があるからといつて、右藤田が本件現地の検査に赴かなかつたものと即断することはできないけれども、藤田一郎(二回)の供述によれば、現地の検査が行われたときは本来検査報告書を提出すべきものであるが、煩雑を避けるため右報告書に代えて「検査」欄の押印をもつて簡便処理をしているというのであるが、本件においては検査報告書もなく「検査」欄の押印もないとすると、右藤田は登記官吏たるの職責を十分に果したものとはいい難く、また同証人(二回)は、当時本件の如く非農地を農地に変換する場合には農地法に規定する知事の許可は必要はないので、申告そのものを信用して差支えなく現地検査を省略するのを通例とし本件の場合も敢えて調査をするまでの必要はなかつたが原告と同時に訴外大山嘉市ほか数名の者からも地目変換申告がなされており、筆数も多く反別も大きくなつたので現地検査を実施したと供述するが、若しそうだとすれば、本件土地二筆の面積合計だけでも一町数反あり、他の申告者のそれを合算すると相当の広範にわたる地域が検査の対象となつたわけであるが非農地を農地に地目変換する申告のあつた場合における藤田一郎の前記のような取扱方、考え方からすると果して藤田が本件土地全般に亘つて細密な検査を実施したか否か疑念を生ぜしめないでもない。その他前掲各証拠に対比すると証人藤田の前記供述はにわかに信用し難い。したがつて右藤田の実施した本件現地検査の結果に基いて本件土地台帳上の地目が変換されたとしても、右台帳の記載が申告当時の現況に真に応ずる地目を表示するものとは断定し難いから、甲第五号証をもつては右認定を覆えすに足りない。また前記認定に反する証人中島文夫、同大山嘉市ならびに原告本人の各供述は、前記認定に供した各証拠に比照しにわかに信用し難い。甲第三号証の一、二(登記簿謄本)の記載ならびに本件現地検証の結果も前記認定の妨げとなるものではなく、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

以上認定の事実関係よりすると、本件土地はいずれも農地法第四八条第一項の本件公示日である昭和三〇年一月一〇日当時において現況なお同法第四四条第一項第一号にいう未墾地であつたものと認めるのが相当である。

(三)  叙上のとおりだとすれば、被告県知事が本件土地につきこれを未墾地としてなした本件買収処分には、原告主張の如き瑕疵はなく適法であつたといわねばならない。

よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 和田邦康 諸富吉嗣 入倉卓志)

(別紙目録省略)

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